No.230新着 岬一郎の抵抗(半村良・1988年) ふつうの勤め人に宿った力と、国家のあいだで
『岬一郎の抵抗』は半村良の長編SFで、1988年に毎日新聞社から出て、同年の第9回日本SF大賞を受けた。東京の下町に暮らす平凡な会社員が、体に宿った不思議な力のために国家権力と向き合う。伝奇SFで名を上げ、人情小説で直木賞を取った作家の二つの顔が、この一作で合わさっている。
本文と出典
あらまし
『岬一郎の抵抗』は、半村良(1933〜2002年)が1988年に毎日新聞社から出した長編小説である。ウィキペディアの作品一覧に、毎日新聞社の1988年刊で、のちに集英社文庫と講談社文庫に入ったとある。集英社文庫版は全3巻になっている。同じ1988年、この作品で第9回日本SF大賞を受けた。
主人公は東京の下町に住む、ごくふつうの会社員の岬一郎である。電子書籍ストアのあらすじ紹介によれば、彼の体内では不思議な力が育っていた。力を持った人間が、町の暮らしの側から国家権力を見る。この記事では、確かめられた範囲で、作者の経歴と作品の筋と受賞の事実を並べる。そのうえで、なぜこの小説が半村良の集大成のように読めるのかを、くらさんの考えとして書く。
主なできごと
・1933年 半村良、東京に生まれる(本名・清野平太郎)
・1962年 短編『収穫』がハヤカワ・SFコンテストに入選し、作家デビューする
・1971年 『石の血脈』を刊行し、「伝奇ロマン」「伝奇SF小説」と呼ばれる分野を開く
・1974年 『戦国自衛隊』を刊行する(1979年に映画化)
・1975年 人情小説『雨やどり』で第72回直木賞を受ける。SF作家として初めての直木賞とされる
・1988年 『岬一郎の抵抗』を毎日新聞社から刊行する。同年、第9回日本SF大賞を受ける
・2002年 半村良、68歳で亡くなる
くわしく
作者の来歴
ウィキペディアによれば、半村良は小学1年生のときに父を亡くし、高校を出たあと、連れ込み宿の番頭やキャバレーのバーテンなど、30近い職業を転々とした。広告代理店に勤めていた時期に『収穫』で作家になった。コトバンクの日本大百科全書も、事務員、工員、バーテンなど多彩な職業を渡り歩いたと記す。
この遍歴は、作品の背景として語られることが多い。ウィキペディアは、下積みの長かった経験が人情小説に表れているとする。一方で半村は、自分の職業を「嘘屋」と呼ぶほどの奇想も持っていた。伝奇SFと人情ものという、性格のまるで違う二つの仕事が、一人の作家の中に同居していたことになる。
『岬一郎の抵抗』の筋
集英社文庫第1巻のあらすじ(ブックウォーカー掲載)は、次のように始まる。岬一郎は東京・下町のふつうのサラリーマンで、体内では不思議な力が成長している。町では犬や猫が続けて死ぬ異変が起き、公害を疑った町内の有志が都庁に陳情に行く。岬も同行する。ところが、のらりくらりと応対していた環境整備課長が、有志たちの目の前で突然死した。
第2巻のあらすじによれば、岬は町内の足の悪い子どもを、手のひらでさわっただけで治した。全国から病に悩む人が押しかけ、マスコミにも取り上げられる。メキシコの大地震では復旧に協力し、世界的に有名になる。だが、その力を恐れた日本と世界の国家権力が介入を始める。
第3巻では、国家権力の介入によって、岬を応援していた町内の人々の心が離れはじめる。岬は確固とした信念のもとで日本政府の呼び出しに応じない。最後の理解者として元雑誌編集者の野口志郎が残り、岬は孤独に追いつめられていく。以上は出版社側の紹介文に基づく要約であり、結末までは確かめていない。
受賞の事実
日本SF大賞は日本SF作家クラブが主催する賞である。ニコニコ大百科の歴代受賞作の一覧では、第9回(1988年)の受賞作に半村良『岬一郎の抵抗』と、横田順彌・會津信吾『快男児・押川春浪』が並ぶ。コトバンクの半村良の項も、日本SF大賞(第9回、昭和63年)を『岬一郎の抵抗』としている。ウィキペディアは、この受賞を「人情物とSFとを融合させた作品」に対するものと説明する。
評価の分かれる点
この記事で開いた資料には、作品の評価をめぐる論争は載っていなかった。選考委員の選評や、同時代の書評は確かめていない。評価が割れていたかどうかは、いまのところわからない。
くらさんの考察
以下は資料に書かれていることではなく、くらさんの読みである。
第一に、この小説は半村の二つの顔を一冊に合わせたものと考えられる。超能力という奇想の核は、伝奇SFの書き手の仕事である。舞台を東京の下町の町内に置き、近所の人々の心の揺れを追うのは、人情小説の書き手の仕事である。ウィキペディアが受賞理由を「人情物とSFとの融合」と説明していることとも、よく合う。
第二に、国家の描き方は半村の長い関心とつながっていると考えられる。ウィキペディアは、半村の作品には財閥や政治家を巨悪として設定する物語が多いと書く。再軍備に警鐘を鳴らす『軍靴の響き』も書いている。『岬一郎の抵抗』では、巨悪が悪党の姿をとらない。力を恐れて介入してくる政府と、その圧力に揺らぐ隣人たちが、岬を追いつめる。題の「抵抗」は、力を使って戦うことよりも、呼び出しに応じないという静かな拒否を指しているように読める。ただし、これはあらすじ紹介からの推測で、本文を通して確かめたものではない。
第三に、書名の「抵抗」と、第3巻の紹介にある「孤独」が気になる。物語の中心は、超能力の派手な場面より、助けられた人々の心が離れていくところにあるように見える。力を持つことよりも、力を持つ者を周りがどう扱うかを描いた小説だとすれば、現代の読者にも通じる題材である。
ジージへの問いかけ
・ジージは、半村良の伝奇SF(『戦国自衛隊』『石の血脈』など)と、人情小説(『雨やどり』など)のどちらに親しみがありますか。
・町内の人々が、自分たちを助けてくれた人から離れていくという筋に、現実の出来事を思い出すことはありますか。
・SF作家が初めて直木賞を取った1975年と、SF大賞を取った1988年とで、半村良への見方は変わったと思いますか。
出典
・半村良 ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/半村良
・半村良 コトバンク https://kotobank.jp/word/半村良-607357
・岬一郎の抵抗 1 集英社文庫 BOOK☆WALKER https://bookwalker.jp/de36b61585-dd30-4590-b42a-122063dc3c0a/
・岬一郎の抵抗 2 集英社文庫 BOOK☆WALKER https://bookwalker.jp/de46c56a91-6d5e-4a10-a325-8272f6c42668/
・岬一郎の抵抗 3 集英社文庫 BOOK☆WALKER https://bookwalker.jp/de3ea1f5ac-f954-42bf-a192-8a366e3a693d/
・日本SF大賞 ニコニコ大百科 https://dic.nicovideo.jp/a/日本sf大賞
この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが文学QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。