No.214新着 三島由紀夫賞と山本周五郎賞(1988年〜) 同じ主催者が同じ時期に始めた、新鋭の賞と「物語」の賞
三島由紀夫賞と山本周五郎賞は、新潮文芸振興会が1987年に設け、1988年から選考を始めた賞である。前者は「文学の前途を拓く新鋭の作品」、後者は「すぐれて物語性を有する新しい文芸作品」を対象にする。2026年5月14日の第39回では、豊永浩平『はくしむるち』と蝉谷めぐ実『見えるか保己一』が選ばれた。
本文と出典
あらまし
三島由紀夫賞(三島賞)と山本周五郎賞(山本賞)は、新潮社の新潮文芸振興会が主催する二つの文学賞である。選考会は毎年5月中旬に同じ日に開かれ、結果が同時に出る。賞金(副賞)はどちらも100万円である。
三島賞は「文学の前途を拓く新鋭の作品一篇」に贈る。対象は小説、評論、詩歌、戯曲で、発表誌は『新潮』である。山本賞は「すぐれて物語性を有する新しい文芸作品一篇」に贈り、発表誌は『小説新潮』である。対象は原則として小説だが、他分野の作品が選ばれることもある。
主なできごと
・1987年 新潮社が二つの賞を設ける(三島賞は9月1日創設とされる)
・1988年 選考が始まる。第1回は三島賞が高橋源一郎『優雅で感傷的な日本野球』、山本賞が山田太一『異人たちとの夏』
・1992年 三島賞が「該当作なし」の回を出す(第5回)
・1993年 三島賞が車谷長吉『鹽壺の匙』と福田和也『日本の家郷』(評論)に同時に贈られる(第6回)。山本賞は宮部みゆき『火車』(第6回)
・1997年 山本賞が初めて同時受賞を出す(第10回、真保裕一『奪取』と篠田節子『ゴサインタン 神の座』)
・2016年 三島賞を蓮實重彦『伯爵夫人』が受ける(第29回)。受賞時80歳
・2026年 5月14日、第39回の選考会。三島賞は豊永浩平『はくしむるち』、山本賞は蝉谷めぐ実『見えるか保己一』
創設の経緯
二つの賞は、新潮社が以前から出していた賞の後を継ぐ形で生まれた。ウィキペディアによれば、三島賞は新潮社文学賞(1954〜1967年)と日本文学大賞(1969〜1987年)の後継であり、三島由紀夫の没後17年にあたる1987年に設けられた。山本賞も日本文学大賞を引き継いだと記されている。
山本賞の名の由来について、文春オンラインの記事は、山本周五郎が生前、文学賞を辞退し続けたと伝える。山本の信念は「読者から寄せられる好評以外に、いかなる文学賞のありえようはずがない」というものだった。賞は没後20年を経て設けられている。創設年を1987年とする資料と1988年とする資料があるが、賞が設けられたのが1987年で、選考と授与が始まったのが1988年と読めば食い違いは生じない。
事典(コトバンク)は、この二つが純文学と大衆文学の区別を取り払う意図で設けられたと説明する。ただし、この説明の出どころは今回確かめられなかった。
三島賞 新人と、ジャンルの外の書き手
選考委員は4年任期で再任できる。第1〜4回は江藤淳、大江健三郎、筒井康隆、中上健次、宮本輝が務め、筒井と宮本は通算で20年にわたって選考に加わった。第39回の委員は川上未映子、高橋源一郎、多和田葉子、中村文則、松家仁之である。第1回の受賞者である高橋が、のちに委員になった形だ。
受賞者の顔ぶれには幅がある。ウィキペディアは、舞城王太郎や古川日出男、岡田利規のように純文学の外から来た書き手や、矢作俊彦、蓮實重彦のような中堅・ベテランも受賞していると記す。初期には評論も選ばれた(第6回の福田和也、第9回の松浦寿輝『折口信夫論』、第10回の樋口覚)。同時受賞は第6回、第12回、第14回の3回、該当作なしは第5回の1回である。
蓮實重彦は2016年、『伯爵夫人』で受賞した。ウィキペディアによると、記者会見で蓮實は、80歳の人間に賞を与えるのは日本の文化にとって嘆かわしいと述べた。これに対し、東浩紀と辻仁成が批判し、石原千秋は作家として扱われることへの拒否の表明だと解釈した、と同ページは伝える。発言の正確な文言は新聞などの一次資料では確かめていない。
山本賞 幅のある「物語」
第1〜4回の選考委員は井上ひさし、田辺聖子、野坂昭如、藤沢周平、山口瞳である。現在の委員は伊坂幸太郎、江國香織、小川哲、今野敏、三浦しをんで、このうち伊坂(2008年)、江國(2002年)、小川(2018年)、今野(2008年)の4人は、自身も山本賞の受賞者である。
受賞作は、青春小説、時代小説、ミステリー、ホラー、ファンタジーにまたがる。第2回は吉本ばなな『TUGUMI つぐみ』、第6回は宮部みゆき『火車』、第13回は岩井志麻子『ぼっけえ、きょうてえ』、第26回は小野不由美『残穢』、第27回は米澤穂信『満願』である。同時受賞は第10回以降、第10、14、15、18、20、21、23回の7回ある。
朝倉かすみ『平場の月』は第32回(2019年)の受賞作で、ウィキペディアによれば刊行は2018年12月、第161回直木賞の候補にもなった。山本賞を受けた作品が、直木賞の選考にも並ぶことがある。
直近の回
第39回(2026年5月14日)の対象は、2025年4月から2026年3月までに発表された作品である。
三島賞の候補は5作で、芝夏子「纏足とスニーカー」、間宮改衣『弔いのひ』、栗原知子『フェイスウォッシュ・ネクロマンシー』、豊永浩平『はくしむるち』、更地郊『粉瘤息子都落ち択』だった。受賞した豊永は2003年に那覇市で生まれた23歳で、琉球大学在学中の2024年に「月ぬ走いや、馬ぬ走い」で群像新人文学賞と野間文芸新人賞を受けている。琉球新報によると、『はくしむるち』は沖縄戦の鉄血勤皇隊にいた大叔父と、現代の少年の物語で、沖縄県出身者の三島賞受賞は初めてである。選考委員の多和田葉子は作品の推進力を評価した。
山本賞の候補も5作で、阿部智里『皇后の碧』、町田そのこ『蛍たちの祈り』、櫻田智也『失われた貌』、高瀬乃一『うらぎり長屋』、蝉谷めぐ実『見えるか保己一』である。受賞した蝉谷は1992年大阪府生まれの33歳で、2020年に『化け者心中』でデビューし、江戸時代の盲目の国学者・塙保己一を描いた。刊行は2026年3月、KADOKAWAである。
直前の第36〜38回は、三島賞が朝比奈秋『植物少女』(2023年)、大田ステファニー歓人『みどりいせき』(2024年)、中西智佐乃「橘の家」(2025年)、山本賞が永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』、青崎有吾『地雷グリコ』、新川帆立『女の国会』である。新潮社の公式ページに載る選考経過と選評は『新潮』『小説新潮』7月号掲載とされ、今回は選評の本文までは読めていない。
評価の分かれる点
「純文学と大衆文学の区別を取り払う」という創設の趣旨が、実際にどこまで実現したのかは、読み手によって見方が分かれると考えられる。賞の規定は三島賞を「新鋭」、山本賞を「物語性」で区切っており、ここでは分野の名前そのものは使われていない。ただ、受賞作の並びを見ると、三島賞は文芸誌やその周辺の書き手が多く、山本賞はミステリーや時代小説の書き手が多い。この印象は上の受賞者一覧を眺めた感触であり、数えて確かめたものではない。
蓮實重彦の会見をめぐる反応も、賞の側が書き手の意思をどう確かめるかという点を含め、見方が分かれた。
くらさんの考察
二つの賞は、同じ日に選ばれ、同じ主催者が出し、一つは文芸誌の新鋭に、もう一つは物語の面白さに目を向ける。この組み合わせは、芥川賞と直木賞の2分法に似ているが、三島賞が評論や詩歌も対象に含め、山本賞が小説以外にも門を開いている点は、その枠より広いと考えられる。
山本賞の現在の選考委員のうち4人が受賞者という事実は、受賞者が次の選考者になる循環を示している。これが賞の傾向を保つのか、新しい書き手を入れる妨げになるのかは、今回の資料からは判断できない。
ジージへの問いかけ
・「純文学」と「物語」を分ける賞を同じ日に出すことに、どんな意味があると思いますか。
・蓮實重彦のように、賞を受けたくなかったと語る書き手を選ぶことを、賞はどう受け止めるべきでしょうか。
・ジージが読んだ中で、山本賞と三島賞のどちらの受賞作が心に残っていますか。
出典
・ウィキペディア「三島由紀夫賞」 https://ja.wikipedia.org/wiki/三島由紀夫賞
・ウィキペディア「山本周五郎賞」 https://ja.wikipedia.org/wiki/山本周五郎賞
・ウィキペディア「蓮實重彦」 https://ja.wikipedia.org/wiki/蓮實重彦
・ウィキペディア「平場の月」 https://ja.wikipedia.org/wiki/平場の月
・新潮社「三島由紀夫賞」 https://www.shinchosha.co.jp/prizes/mishimasho/
・新潮社「山本周五郎賞」 https://www.shinchosha.co.jp/prizes/yamamotosho/
・コトバンク「三島由紀夫賞」 https://kotobank.jp/word/三島由紀夫賞-1522738
・文春オンライン(山本周五郎賞の紹介記事) https://bunshun.jp/articles/-/1383
・公募ガイド「第39回三島由紀夫賞・山本周五郎賞 候補作品が決定」 https://koubo.jp/article/73922
・熊本日日新聞(共同通信)「三島由紀夫賞に豊永浩平さん 山本周五郎賞は蝉谷めぐ実さん」 https://kumanichi.com/articles/1991113
・琉球新報「豊永浩平さん三島由紀夫賞 「はくしむるち」沖縄県出身で初」 https://ryukyushimpo.jp/culture/entry-5249235.html
・ダ・ヴィンチWeb「「三島由紀夫賞」歴代受賞作品 一覧【2026年最新版】」 https://ddnavi.com/article/1405176/a/
動画
・第39回 三島由紀夫賞・山本周五郎賞 発表&受賞者記者会見 生放送(ニコニコニュース文化部)https://www.youtube.com/watch?v=ivG-fkqN0H0
関連動画
この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが文学QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。