ジージとくらさんの文学談義2026年10月22日
文学しらべ
問いを重ねて、日本文学を読む

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No.11新着 大衆文学のジャンル史(大正〜現在) 時代小説・推理・SF・ホラーが日本の読書を支えてきた

大衆文学は大正の時代小説から始まり、探偵小説、戦後の社会派推理、SF、1980年代末の新本格、1990年代のホラーへと主役を替えながら広がった。どのジャンルも、新聞・雑誌・新書判(ノベルス)・文庫といった新しい売り場と結びついて伸びた。『日本沈没』や『点と線』の部数は、娯楽小説が多くの人の読書そのものだったことを示している。

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出典を確かめた日
2026年10月22日
分野
純文学と大衆文学
立場
事実・データ
タグ
小説ミステリー・娯楽作家雑誌数字・統計
作家・作品
中里介山、吉川英治、江戸川乱歩、松本清張、綾辻行人、小松左京
資料の種類
事典・概説
年代
1913年〜現在

本文と出典

あらまし

大衆文学は一つのジャンルではなく、時代ごとに主役が替わるジャンルの集まりである。精選版日本国語大辞典は、大衆文学は初め時代小説(髷物、剣戟物)を指し、のちに恋愛小説、家庭小説、ユーモア小説、探偵(推理)小説、冒険小説にまで広がったと書く。ブリタニカ国際大百科事典は、現代の大衆文学の代表を推理小説とSFとしている。

主なできごと

・1913年 中里介山『大菩薩峠』が『都新聞』で連載開始(作者の死で未完、全41巻)
・1923年 江戸川乱歩「二銭銅貨」が『新青年』に載る
・1925年 講談社『キング』創刊。乱歩「D坂の殺人事件」で明智小五郎ものが始まる
・1935〜1939年 吉川英治『宮本武蔵』が新聞に連載される
・1936年 乱歩『怪人二十面相』
・1957年 星新一がSF同人誌『宇宙塵』に「セキストラ」を発表し、『宝石』に転載されてデビュー
・1958年 松本清張『点と線』が光文社から単行本化
・1959年12月 早川書房『S-Fマガジン』創刊号(1960年2月号)発売
・1973年 小松左京『日本沈没』(光文社カッパ・ノベルス)。上下巻で計385万部
・1987年 綾辻行人『十角館の殺人』(講談社)。「新本格」の始まり
・1993年 角川ホラー文庫創刊

時代小説:新聞連載から「国民文学」へ

大衆文学の出発点とされるのが中里介山『大菩薩峠』である。1913年に『都新聞』で連載が始まり、掲載紙を替えながら足かけ約30年続いて、作者の死で未完に終わった。虚無的な剣士・机竜之助を主人公とするこの作品は、1921年ごろから爆発的な人気を得た。中谷博はこれを大衆文学の母胎と位置づけている。
関東大震災の前後には『キング』『週刊朝日』などの大衆雑誌が生まれ、連載小説の書き手として大佛次郎、吉川英治、直木三十五らが登場した。大佛次郎『鞍馬天狗』、佐々木味津三『右門捕物帖』、野村胡堂『銭形平次捕物控』など、捕物帖や剣豪ものの人気シリーズもこの時期に生まれた。吉川英治『宮本武蔵』は1935年8月から1939年7月まで新聞に連載され、吉川は「国民文学作家」と呼ばれるようになった。戦後も山岡荘八『徳川家康』、柴田錬三郎『眠狂四郎無頼控』、司馬遼太郎、池波正太郎らが時代・歴史小説を書き継いだ。

推理小説:乱歩、清張、新本格

探偵小説の起点は江戸川乱歩である。1923年に『新青年』で「二銭銅貨」を発表し、1925年の「D坂の殺人事件」から明智小五郎ものを書き、1936年には少年向けの『怪人二十面相』を出した。1947年には探偵作家クラブ(のちの日本推理作家協会)が結成されている。
戦後の転機は松本清張である。『点と線』は雑誌『旅』に1957年から連載され、1958年に光文社から単行本になった。初版5000部が20万部近くまで伸び、1960年のカッパ・ノベルス版だけで100万部を超えた。この作品は「社会派推理小説」の発火点とみなされることがあるが、その呼び名が広まったのは刊行からしばらく後で、清張自身もこの呼称とは距離を置いていた。清張は1961年のエッセイで、探偵小説は「お化屋敷」の掛小屋から抜け出してリアリズムに向かうべきだと書いた。
社会派の勢いのなかで、謎解きを主にする本格推理はいったん退潮したとされる。1987年、綾辻行人が島田荘司の推薦を受けて『十角館の殺人』でデビューし、講談社の編集者・宇山日出臣らが若手作家を「新本格」として売り出した。有栖川有栖、法月綸太郎、歌野晶午らが続き、1994年前後には京極夏彦、森博嗣らの第二世代が現れた。1996年にはメフィスト賞が始まっている。

SF:同人誌から385万部へ

日本のSFは同人誌から始まった。1957年に星新一らが『宇宙塵』を創刊し、星はその2号に載った「セキストラ」が『宝石』に転載されてデビューした。1959年12月には早川書房が福島正実を編集長に『S-Fマガジン』を創刊した。星は短い「ショートショート」を書き続け、1983年秋に1001編に達した。
小松左京『日本沈没』(1973年、光文社カッパ・ノベルス)は上巻204万部、下巻181万部の計385万部を売り、2023年時点で累計490万部を超える。1974年には日本推理作家協会賞と星雲賞を受けた。SFの賞と推理小説の賞を同じ作品が受けたことは、ジャンルの境目が当時から行き来できるものだったことを示している。

恋愛・ホラーほか

恋愛や家庭を描く通俗小説も大衆文学の柱で、戦前には菊池寛『真珠夫人』(1920年)や吉屋信子の作品が、戦後には石坂洋次郎、渡辺淳一らが読まれた。ホラーでは1993年4月に角川ホラー文庫が創刊され、鈴木光司『リング』、貴志祐介『黒い家』などが収められた。

評価の分かれる点

「社会派推理」が本格推理を退潮させたのかどうかは、見方が分かれる。新本格の側からはそう語られることが多いが、ウィキペディア「新本格ミステリ」は、社会派と本格は必ずしも対立するジャンルではないとも書いている。また清張自身が「社会派」の呼び名を好まなかったことにも注意が要る。

くらさんの考察

ジャンルの移り変わりを並べると、どの波も新しい売り場と組になっている。時代小説は新聞連載と大衆雑誌、清張と『日本沈没』は光文社カッパ・ノベルスという新書判、新本格は講談社ノベルス、ホラーは文庫レーベルである。大衆文学は作家の才能だけでなく、出版社が作った「安く、手軽に、続けて買える器」によって広がったと考えられる。百万部を超える本が出るのは純文学ではまれで、日本人の読書量を底で支えてきたのは、こうした娯楽小説だったとみてよいだろう。

ジージへの問いかけ

・ジージが若いころ夢中になった娯楽小説はありますか。時代小説、推理小説、SFのどれが身近だったでしょうか。
・『日本沈没』や松本清張の作品が売れた昭和40年代ごろ、まわりの大人たちはどんな本を読んでいたでしょうか。
・テレビや映画になった作品と、原作の小説では、どちらに先に触れることが多かったですか。

出典

・コトバンク「大衆文学」 https://kotobank.jp/word/%E5%A4%A7%E8%A1%86%E6%96%87%E5%AD%A6-91290
・ウィキペディア「大衆小説」 https://ja.wikipedia.org/wiki/大衆小説
・ウィキペディア「大菩薩峠 (小説)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/大菩薩峠_(小説)
・ウィキペディア「吉川英治」 https://ja.wikipedia.org/wiki/吉川英治
・ウィキペディア「江戸川乱歩」 https://ja.wikipedia.org/wiki/江戸川乱歩
・ウィキペディア「点と線」 https://ja.wikipedia.org/wiki/点と線
・ウィキペディア「新本格ミステリ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/新本格ミステリ
・ウィキペディア「星新一」 https://ja.wikipedia.org/wiki/星新一
・ウィキペディア「S-Fマガジン」 https://ja.wikipedia.org/wiki/S-Fマガジン
・ウィキペディア「日本沈没」 https://ja.wikipedia.org/wiki/日本沈没
・ウィキペディア「角川ホラー文庫」 https://ja.wikipedia.org/wiki/角川ホラー文庫

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