ジージとくらさんの文学談義2026年10月26日
文学しらべ
問いを重ねて、日本文学を読む

← 出版社一覧へ戻る

No.212新着 日本の文芸誌(1904年〜現在) 部数は数千部でも新人賞に毎年2,000編前後が集まる五つの雑誌

『新潮』(1904年)、『文學界』(1933年)、『群像』(1946年)、『すばる』(1970年)、『文藝』(1933年)は五大文芸誌と呼ばれ、芥川賞の候補作の多くが載る。日本雑誌協会の印刷部数は2026年4〜6月期で『すばる』5,000部から『文藝』7,500部ほどにとどまり、『文學界』は4年で10,000部から7,000部に減った。それでも新人賞への応募は各誌とも1,800〜3,500編に上る。

𝕏 でポストする

登録日時
2026年10月26日 17:08
出典を確かめた日
2026年10月26日
分野
出版社
立場
くらさんの考察
タグ
雑誌新着出版社新着小説新着
作家・作品
新潮、文學界、群像、すばる、文藝
資料の種類
事典・概説
年代
1904年〜現在

本文と出典

あらまし

『新潮』『文學界』『群像』『すばる』『文藝』の五誌は、五大文芸誌と呼ばれる。ウィキペディアによれば、これらに載った短編・中編は芥川賞の候補になることが多い。出版社は新潮社、文藝春秋、講談社、集英社、河出書房新社で、『文藝』だけが季刊(年4回)、ほかは月刊である。
売れている雑誌ではない。日本雑誌協会が公表する印刷証明付部数は、2026年4〜6月期の1号あたりで『すばる』が5,000部、『群像』が6,000部、『新潮』が6,997部、『文學界』が7,000部、『文藝』が7,500部だった。一方で、各誌が主催する新人賞には、毎回2,000編前後の原稿が届く。読者の数と書き手の数がこれほど離れている雑誌も珍しい。

主なできごと

・1904年 『新潮』創刊(前身は1896年の『新声』)
・1933年 『文學界』(10月、文化公論社)と『文藝』(改造社)が創刊
・1944年 『文藝』が河出書房の刊行に移る
・1946年 『群像』創刊(10月)
・1955年 『文學界』が文學界新人賞を始める
・1957年 『文藝』が休刊(1962年に復刊)
・1970年 『すばる』が季刊で創刊(1979年5月号から月刊)
・1980年代半ば 『文藝』が季刊になる
・2008年 『文學界』の「同人雑誌評」が12月号で最終回
・2023年 『文學界』が9月号から電子雑誌でも発行。『すばる』6月号が月刊化以来初の重版
・2025年 『群像』が5月号から本文をオフセット印刷からデジタル印刷に切り替える
・2026年 5月7日、第69回群像新人文学賞(応募2,237編)の発表。『新潮』のサイトは第58回新潮新人賞の受賞作を花江科斗「光の棄却」と載せる

五誌の来歴

最も古いのは『新潮』である。新潮社の沿革は、日露戦争が始まった1904年に創業者の佐藤義亮が「このような時にこそ文学が必要である」と考えて創刊したと記す。1896年創刊の文芸誌『新声』が前身で、社名もこのとき新潮社になった。
昭和に入ると三誌が続く。『文學界』と『文藝』は同じ1933年の創刊で、『文學界』は文化公論社、『文藝』は改造社から出た。『文藝』は1944年に河出書房へ移り、1957年に休刊して1962年に復刊し、1980年代半ばから季刊になった。『群像』は敗戦の翌年の1946年10月に講談社が出し、同社の大衆小説誌『小説現代』に対する純文学の雑誌として位置づけられている。『すばる』は最も新しく、1970年に季刊で出て、1976年に隔月刊、1979年に月刊となった。

部数の動き

日本雑誌協会は、1〜3月、4〜6月、7〜9月、10〜12月の各3か月に発売された号の平均印刷部数を、年4回公表している。公表サイトの検索で、2022年と2026年の4〜6月期を比べた。『文學界』は10,000部から7,000部へ、『文藝』は10,000部から7,500部へ減っている。『群像』は6,000部、『すばる』は5,000部で変わらず、『新潮』は6,883部から6,997部へほぼ横ばいだった。
別の記録もある。マガジン航の記事は、2017年7〜9月期を『文學界』10,667部、『新潮』8,933部、『群像』6,000部、『すばる』5,500部と伝える。2017年と比べると、2026年の『文學界』は約3分の2、『新潮』は約8割である。
この数字は印刷した部数であり、売れた部数ではない。マガジン航の筆者は、公共図書館への配本や寄稿者への献本を除いた実売を「せいぜい2,000〜4,000部」と推計しているが、根拠となる計算は記事に示されていない。

新人賞の応募数

五誌はいずれも公募の新人賞を持つ。公募ガイドの一覧によれば、直近の回の応募数は次のとおりである。
・新潮新人賞(第58回)3,518編
・文學界新人賞(第131回)2,725編
・文藝賞(第63回)2,607編
・群像新人文学賞(第69回)2,237編
・すばる文学賞(第50回)1,803編
群像新人文学賞の応募数は講談社のプレスリリースでも確かめた。この回は永田修矢「骨と鎖」と冬島いのり「夏蚕の翅」の2作が選ばれ、賞金は各25万円だった。新潮社の雑誌ページは第58回について「史上最多の応募作」と書くが、編集長欄に数は出ておらず、3,518編は公募ガイドの数字である。

評価の分かれる点

文芸誌が赤字かどうかは、数字で確かめられなかった。ウィキペディアの「文芸雑誌」は、純文学誌も中間小説誌も赤字で、出版社は書籍の売上で埋めていると書く。実際の収支は各社が公表しておらず、この記述の裏づけは見つけていない。また、実売の推計も上のとおり筆者の見立てにとどまる。

くらさんの考察

部数が数千部でも続いているのは、雑誌そのものの売上より、雑誌が作品の入口になる役目を持つためと考えられる。ここに載った小説が芥川賞の候補になり、のちに単行本や文庫になる。雑誌は、本になる前の作品を出版社が先に見つける場である。新人賞に毎年2,000編前後が集まることは、その入口に書き手が列をなしていることを示す。
もう一つ目につくのは、各社が紙の作り方を変えていることだ。『文學界』は電子雑誌を始め、『群像』は印刷方式を替えた。部数が少ない雑誌は、小ロットに向く方式を選ぶほうが費用を抑えやすいと考えられる。『すばる』の2023年6月号の重版は、初版5千部に1万部を足したものだった。数千部の雑誌にとって、特集や掲載作しだいで1万部の追加が出ることは、読者がまだ動く余地を示している。
ただし、読む人と書く人が同じ層に重なっている可能性も否定できない。応募が増えても購読が増えなければ、雑誌は書き手の発表の場として残り、読者を広げる場にはなりにくい。確かめるには購読者の内訳が要るが、見つけられなかった。

ジージへの問いかけ

・毎月数千部しか出ない雑誌に、出版社が新人賞を続ける理由は何だと思いますか。
・ジージが若いころ、文芸誌を買ったり図書館で読んだりしたことはありましたか。いまの数字をどう感じますか。
・応募原稿が2,000編を超えても、選ばれるのは数編です。落ちた原稿はどこへ行くのが望ましいと思いますか。

出典

・ウィキペディア「文芸雑誌」 https://ja.wikipedia.org/wiki/文芸雑誌
・ウィキペディア「文學界」 https://ja.wikipedia.org/wiki/文學界
・ウィキペディア「群像」 https://ja.wikipedia.org/wiki/群像
・ウィキペディア「すばる (雑誌)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/すばる_(雑誌)
・ウィキペディア「文藝」 https://ja.wikipedia.org/wiki/文藝
・新潮社「沿革」 https://www.shinchosha.co.jp/history/
・新潮社「新潮」 https://www.shinchosha.co.jp/shincho/
・日本雑誌協会「印刷証明付部数(印刷部数公表)」(検索で2022年4〜6月期と2026年4〜6月期を照合、2026年10月26日確認) https://www.j-magazine.or.jp/user/printed2/index
・マガジン航「インディー文芸誌は文芸復興の担い手となるか」(2018年1月3日) https://magazine-k.jp/2018/01/03/editors-note-28/
・純文学系文芸誌一覧(デジタル読書) https://www.digital-dokusho.jp/magazine/pure-literature/
・公募ガイド「プロの登竜門公募文学賞 純文学系」 https://koubo.jp/article/25613
・公募ガイド(講談社)「第69回群像新人文学賞」 https://koubo.jp/press-release/prtimes/c1719_r8401
・文藝春秋 books「文學界」 https://books.bunshun.jp/list/mag/bungakukai

この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが文学QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。