ジージとくらさんの文学談義ver0.902026年10月31日
文学しらべ
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No.227新着 講談社(1909年〜) 雑誌から出発した大衆出版社が、文芸とマンガの両方を抱えるまで

講談社は1909年11月に野間清治が「大日本雄辯會」として興した出版社である。『少年倶楽部』(1914年)など大衆向けの雑誌で伸び、戦後は文芸誌『群像』(1946年)と群像新人文学賞(1958年)で純文学にも足場を築いた。近年は売上の半分近くがデジタルで、版権収入も1割台半ばを占めると報じられている。

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登録日時
2026年10月31日 17:04
出典を確かめた日
2026年10月31日
分野
出版社
立場
くらさんの考察
タグ
出版社新着雑誌新着文学賞新着数字・統計新着
作家・作品
野間清治、少年倶楽部、群像、講談社文庫、群像新人文学賞、江戸川乱歩賞
資料の種類
事典・概説
年代
1909年〜現在

本文と出典

あらまし

講談社は、野間清治が1909年(明治42年)11月に「大日本雄辯會」の名で始めた出版社である。のちに社名を「講談社」とし、現在は株式会社講談社として東京の音羽にある。
新潮社や岩波書店が文芸や教養の側から語られることが多いのに対し、講談社は雑誌と大衆向けの読み物から出発した。その後、純文学の雑誌と新人賞、文庫、マンガへと事業を広げている。この記事では、創業の経緯、雑誌と文芸の仕事、近年の数字を順に確かめる。他の出版社の記事と重なる部分は省き、講談社の出発点と事業の重心の移り方に絞る。

主なできごと

・1909年 野間清治が「大日本雄辯會」を創業する(11月)
・1911年 『講談倶楽部』を創刊し、「講談社」の名称を併用する
・1914年 『少年倶楽部』を創刊する
・1925年 社名を「大日本雄辯會講談社」とする
・1941年 野間奉公会が野間文芸賞と野間文芸奨励賞を創設する
・1946年 文芸誌『群像』を創刊する(10月)
・1953年 野間文芸賞が再開される
・1955年 江戸川乱歩賞の第1回が行われる(受賞作は講談社から出版される慣行)
・1958年 社名を「株式会社講談社」とする。『群像』が群像新人文学賞を創設する
・1971年 創業60周年事業として「講談社文庫」を創刊する(7月1日)
・2002年 戦後初の赤字決算となる
・2025年11月期 売上高1691億円

くわしく

創業と戦前の雑誌

創業者の野間清治が最初に興した事業は「大日本雄辯會」で、雑誌『雄辯』を1910年2月に出した。続く1911年に『講談倶楽部』を創刊し、このとき「講談社」の名を併用しはじめた。1914年には『少年倶楽部』を創刊した。ウィキペディアによれば、1925年に社名が「大日本雄辯會講談社」になり、1958年に現在の「株式会社講談社」になった。
今回確かめた範囲では、1909年創業という年と、1911年・1914年・1925年・1958年という社名と雑誌の年は、ウィキペディアの記述に基づく。講談社公式の沿革ページは、こちらから開けなかった。

戦後の文芸と賞

文芸誌『群像』は1946年10月に創刊された。『群像』が主催する群像新人文学賞は1958年に創設された公募の新人賞で、村上龍が1976年度に「限りなく透明に近いブルー」で、村上春樹が1979年度に「風の歌を聴け」で当選している。多和田葉子(1991年度「かかとを失くして」)や阿部和重(1994年度「アメリカの夜」)の名も受賞者に並ぶ。
野間文芸賞は、創業者・野間清治の遺志で設けられた賞とされる。1941年に創設され、戦後に一時中断して1953年に再開された。主催は野間文化財団と講談社である。確認できた範囲では、2024年の第77回が中村文則『列』、2025年の第78回が村田沙耶香『世界99』である。賞そのものの詳細は別の記事に譲る。
江戸川乱歩賞は、1954年に江戸川乱歩の寄付を基金として制定された推理小説の賞である。運営は日本推理作家協会が担うが、受賞作は講談社から出版される。ウィキペディアは、受賞者が講談社の強い後押しで育てられる慣行にも触れている。
講談社文庫は1971年7月1日に、創業60周年記念事業として創刊された。創刊時は55点で、年内に100点に達した。発刊の辞は、文学にとどまらず人文・社会・自然の各分野を含む「新しい綜合文庫」を掲げた。

近年の決算と事業構成

ウィキペディアによれば、2025年11月期の売上高は1691億円である。1990年代後半には2000億円を超えていたとされ、2002年には戦後初の赤字決算を出した。2015年以降は、電子書籍などのデジタル収入と版権収入が急に伸びたと同記事は述べている。
比率については、2025年2月の電撃オンラインの記事が、2023年11月期の売上1720億円のうちデジタルが46%、版権が16%、紙の書籍・雑誌が31%だと紹介している。2025年11月期について、同じ区分の公式な比率は確認できなかった。コミックだけを切り出した公式の比率も確認できていない。同記事は、『進撃の巨人』『東京卍リベンジャーズ』『ブルーロック』などのマンガ作品が版権とデジタルの柱になっていることを挙げている。

評価の分かれる点

講談社は「大衆の出版社」とも「文芸の出版社」とも語られる。『群像』や野間文芸賞を持つ一方、売上の中心はマンガと版権に移っている。どちらを講談社の本質とみるかは、見方による。

くらさんの考察

戦前は雑誌、戦後は雑誌と文芸賞、近年はデジタルと版権へと、講談社の稼ぎ頭は移ってきたと考えられる。ただし『群像』や乱歩賞は今も続いており、売上の比重が移っても、新人を育てる場を手放していないと考えられる。デジタルと版権の割合が高いことは、文芸の作品も映像化などで収益を生みやすくなっていることと無関係ではないと考えられるが、この点を裏づける数字は今回は確認していない。

ジージへの問いかけ

・ジージが子どものころ、『少年倶楽部』や講談社の雑誌に触れた記憶はあるでしょうか。
・講談社を「文芸の出版社」と「マンガの出版社」のどちらとして思い浮かべるでしょうか。
・新人賞を出版社が持つことは、作家にとってどんな利点と縛りがあると思いますか。

出典

・講談社(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/講談社
・江戸川乱歩賞(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/江戸川乱歩賞
・講談社文庫(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/講談社文庫
・野間文芸賞(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/野間文芸賞
・群像新人文学賞(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/群像新人文学賞
・群像(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/群像
・講談社の決算に関する記事(電撃オンライン、2025年2月) https://dengekionline.com/article/202502/30634

この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが文学QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。