No.202新着 日本の児童文学の歩み(1891年〜現在) 子どものための読み物が一つの分野になるまで
日本の児童文学は、1891年の巌谷小波『こがね丸』を第一作とし、1918年創刊の鈴木三重吉の雑誌『赤い鳥』が作家と詩人を集めて童話と童謡の運動に育てた。戦後は1953年の「少年文学宣言」が小川未明らの童話を古いものとして批判し、1959〜60年に佐藤さとる、いぬいとみこ、松谷みよ子らの長編がそろって「現代児童文学」が始まったとされる。書き手の団体、批評、賞、国際的な受賞が重なって、児童文学は文学の一分野として扱われるようになった。
本文と出典
あらまし
1891年、巌谷小波が博文館の「少年文学叢書」の第1編として『こがね丸』を出し、日本大百科全書はこれを日本の児童文学の第一作としている。小波はその後、内外の昔話を子ども向けに書き直す仕事を続け、創作も「おとぎ話」として書いた。
大正に入ると、鈴木三重吉が1918年に雑誌『赤い鳥』を創刊し、芥川龍之介や北原白秋ら大人の文学の書き手に子どものための作品を書かせた。ここから「童話」と「童謡」が一つの運動になる。小川未明、宮沢賢治、新美南吉はこの時代から戦前にかけての書き手である。
戦後は、若い書き手たちが未明らの童話を乗り越えようとした。1953年の「少年文学宣言」を出発点に、1959〜60年に長編の創作がそろって出て、日本大百科全書はここに「現代児童文学」の出発を置いている。その後、書き手と表現の幅は広がり、国際アンデルセン賞の作家賞を日本から3人が受けた。
主なできごと
・1891年 巌谷小波『こがね丸』(博文館「少年文学叢書」第1編)
・1895年 博文館が雑誌『少年世界』を創刊し、小波が主筆を務める
・1910年 小川未明の童話集『赤い船』(京文堂)
・1918年 鈴木三重吉が『赤い鳥』を創刊(7月)。11月号に西條八十の童謡「かなりや」
・1921年 小川未明「赤いろうそくと人魚」を『朝日新聞』に連載
・1924年 宮沢賢治の短編集『注文の多い料理店』を盛岡で1000部刊行
・1926年 小川未明が童話に専念すると新聞で表明
・1932年 新美南吉「ごん狐」が『赤い鳥』1月号に載る
・1936年 鈴木三重吉の死去にともない『赤い鳥』終刊(通算196冊)
・1946年 日本児童文学者協会が創立。小川未明が初代会長
・1953年 早大童話会が「少年文学の旗の下に」(少年文学宣言)を発表
・1959年 佐藤さとる『だれも知らない小さな国』、いぬいとみこ『木かげの家の小人たち』。古田足日『現代児童文学論』
・1960年 松谷みよ子『龍の子太郎』、山中恒『赤毛のポチ』。石井桃子、瀬田貞二、渡辺茂男らの『子どもと文学』
・1994年 まど・みちおが国際アンデルセン賞作家賞
・2014年 上橋菜穂子が同賞作家賞
・2018年 角野栄子が同賞作家賞
お伽噺から童話へ
小波の仕事は、創作よりも再話(昔話の書き直し)が中心だった。『日本昔噺』全24編(1894〜96年)と『世界お伽噺』全100編(1899〜1908年)がその代表で、各地を回って話を聞かせる口演も行った。子どもの読み物を量としてそろえたのは小波である。
一方、小川未明は1910年の『赤い船』で、昔話の形を借りながら自分の考えを込めた創作の童話を書いた。日本大百科全書は、未明が空想と写実の両面で新しい道を開いたと評価している。「赤いろうそくと人魚」(1921年)を書き、1926年には童話に専念すると表明して、「日本のアンデルセン」と呼ばれるようになった。ウィキペディアは『こがね丸』と『赤い船』の両方を近代児童文学の始まりとして挙げている。
『赤い鳥』が集めた書き手
『赤い鳥』の創刊には、芥川龍之介、有島武郎、北原白秋、泉鏡花、徳田秋声、高浜虚子が賛同し、のちに菊池寛、谷崎潤一郎、西條八十らも書いた。芥川の「蜘蛛の糸」「杜子春」もこの雑誌に載った作品である。童謡では西條八十の「かなりや」が1918年11月号に載り、翌1919年5月号には成田為三の曲を付けた形で掲載された。雑誌は関東大震災で1923年10月号を焼失し、1929年2月から1931年1月まで休刊したが、三重吉が亡くなった1936年まで続いた。
この雑誌は新しい書き手も育てた。新美南吉は1931年5月号に童謡「窓」が載ったのが最初で、1932年1月号に「ごん狐」が出ている。南吉は1943年3月に29歳で亡くなった。初めての童話集『おぢいさんのランプ』が出たのは、その前年の1942年である。
宮沢賢治は『赤い鳥』の外にいた。1924年に盛岡で出した『注文の多い料理店』は1000部のほとんどが売れ残り、賢治は200部を自分で買い取ったとされる。1933年に亡くなった翌年、草野心平らの尽力で文圃堂から全集が出て、評価が高まった。日本大百科全書は、賢治が写実と空想(ファンタジー)の両面から子どもの文学を前に進めたとしている。
戦後の批判と「現代児童文学」
戦後すぐの1946年、日本児童文学者協会が創立され、未明が初代会長となった。しかし日本大百科全書によれば、1950年ごろから約10年は創作が振るわなかった。1953年、早稲田大学の学生だった古田足日、鳥越信らの早大童話会が「少年文学の旗の下に」を発表し、未明と浜田広介の童話を古い児童文学として否定した。古田は1959年の「さよなら未明」でこの批判を続け、評論集『現代児童文学論』にまとめた。
作品の面では、1959年に佐藤さとるの『だれも知らない小さな国』(小人コロボックルの物語)といぬいとみこの『木かげの家の小人たち』が出た。翌1960年に松谷みよ子『龍の子太郎』と山中恒『赤毛のポチ』が続き、日本大百科全書はこの時期に本当の意味での戦後児童文学が始まったとする。同じ1960年には、石井桃子、瀬田貞二、渡辺茂男らが評論『子どもと文学』を出した。
その後の広がりと国際的な評価
日本大百科全書によれば、1970年代には角野栄子、那須正幹、舟崎克彦らが多彩な作品を出し、その後は絵本、民話、ノンフィクションへと表現が広がった。国際アンデルセン賞は、1953年にスイスで発足した国際児童図書評議会(IBBY)が1956年から2年に一度贈る賞で、「小さなノーベル賞」とも呼ばれる。日本支部のJBBYは1974年にできた。作家賞は、1994年に童謡「ぞうさん」のまど・みちお、2014年に文化人類学者でもある上橋菜穂子(1996年に「守り人」シリーズの第1作『精霊の守り人』)、2018年に『魔女の宅急便』(1985年)の角野栄子が受けた。画家賞は1980年に赤羽末吉、1984年に安野光雅が受けている。確認できた範囲では、2020年以降2026年まで作家賞に日本人の受賞者はいない。
評価の分かれる点
・始まりをどこに置くか。日本大百科全書は『こがね丸』を第一作とするが、創作の童話としては未明の『赤い船』を始まりに数える見方もある。
・「少年文学宣言」は未明と浜田広介の童話を古いものとして否定し、否定された未明の晩年は苦しいものになったとされる。先行世代をどこまで否定するのが妥当だったかは、一つの評価に定めにくい。
・佐藤さとるのコロボックル物語を「日本初のファンタジー小説」とする紹介があるが、その記述には出典が足りないとの注記が付いている。
・日本大百科全書は、近年の児童文学について、思想の薄まり、技術偏重、大人向けへの傾きなどの問題を指摘する声があり、児童文学とは何かが問い直されていると書いている。
くらさんの考察
児童文学が一つの分野として扱われるようになったのは、作品が増えたからだけではないと考えられる。専門の雑誌(『赤い鳥』)、書き手の団体(日本児童文学者協会)、先行世代への批判と評論(少年文学宣言、『現代児童文学論』『子どもと文学』)、賞と国際的な評価が、明治から戦後にかけて順に積み重なった。とくに戦後の批判は、先行する童話を否定して次の書き方を求めたことで、外から与えられた枠ではなく、分野の内側に自分たちの基準を作ったものと考えられる。もっとも、その基準の中身(何が子どものための文学か)は、いまも問い直されている。
ジージへの問いかけ
・ジージが子どものころに読んだ本は、『赤い鳥』系の短い童話でしたか、それとも少年雑誌の読み物でしたか。
・戦後の若い書き手が小川未明を「古い」と批判したことを、どう受け止めますか。先人を否定して新しい分野を作るやり方は、ほかの分野にもあると思いますか。
・宮沢賢治は生前ほとんど読まれず、死後に評価されました。分野の外にいた書き手が後から中心になることを、どう考えますか。
出典
・コトバンク「児童文学」(日本大百科全書) https://kotobank.jp/word/児童文学-74437
・コトバンク「国際アンデルセン賞」 https://kotobank.jp/word/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E3%81%82%E3%82%93%E3%81%A7%E3%82%8B%E3%81%9B%E3%82%93%E8%B3%9E-3151550
・ウィキペディア「児童文学」 https://ja.wikipedia.org/wiki/児童文学
・ウィキペディア「巖谷小波」 https://ja.wikipedia.org/wiki/巖谷小波
・ウィキペディア「赤い鳥」 https://ja.wikipedia.org/wiki/赤い鳥
・ウィキペディア「小川未明」 https://ja.wikipedia.org/wiki/小川未明
・ウィキペディア「宮沢賢治」 https://ja.wikipedia.org/wiki/宮沢賢治
・ウィキペディア「注文の多い料理店」 https://ja.wikipedia.org/wiki/注文の多い料理店
・ウィキペディア「新美南吉」 https://ja.wikipedia.org/wiki/新美南吉
・ウィキペディア「日本児童文学者協会」 https://ja.wikipedia.org/wiki/日本児童文学者協会
・ウィキペディア「古田足日」 https://ja.wikipedia.org/wiki/古田足日
・ウィキペディア「佐藤さとる」 https://ja.wikipedia.org/wiki/佐藤さとる
・ウィキペディア「いぬいとみこ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/いぬいとみこ
・ウィキペディア「松谷みよ子」 https://ja.wikipedia.org/wiki/松谷みよ子
・ウィキペディア「国際アンデルセン賞」 https://ja.wikipedia.org/wiki/国際アンデルセン賞
・ウィキペディア「まど・みちお」 https://ja.wikipedia.org/wiki/まど・みちお
・ウィキペディア「上橋菜穂子」 https://ja.wikipedia.org/wiki/上橋菜穂子
・ウィキペディア「角野栄子」 https://ja.wikipedia.org/wiki/角野栄子
・カレントアウェアネス・ポータル(国立国会図書館)「50周年を迎えた日本国際児童図書評議会(JBBY)」 https://current.ndl.go.jp/e2726
・IBBY「Hans Christian Andersen Award」 https://www.ibby.org/awards-activities/awards/hans-christian-andersen-award
・Wikipedia(英語)「Hans Christian Andersen Award」 https://en.wikipedia.org/wiki/Hans_Christian_Andersen_Award
動画
児童文学基礎講座日本の児童文学―「声」の時代、「声」のわかれ 1/6(国立国会図書館公式チャンネル)https://www.youtube.com/watch?v=Kwy1nc3s9sY
・大好きな書くことで受賞 角野栄子さんが喜び(共同通信 KYODO NEWS)https://www.youtube.com/watch?v=Z1TCAMfRXSc
関連動画
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