No.218新着 岩波書店(1913年〜現在) 古書店から出発し、漱石の『こゝろ』と文庫・新書で日本の教養の土台をつくった出版社
岩波書店は1913年、岩波茂雄が神田で開いた古書店から始まり、1914年に夏目漱石『こゝろ』を出して出版社になった。岩波文庫(1927年)、岩波新書(1938年)、『世界』(1946年)で読者層を広げ、2026年10月には岩波文庫創刊100年の記念事業を発表した。
本文と出典
あらまし
岩波書店は、1913年(大正2年)8月5日に岩波茂雄が東京の神田で開いた古書店を起点とする出版社である。店は正札、つまり定価をつけた販売で知られた。翌1914年に夏目漱石の『こゝろ』を出して出版業に入り、その後、思想・学術書、文庫、新書、雑誌、辞典へと手を広げた。株式会社になったのは1949年である。この記事は文庫そのものの歴史ではなく、会社の歩みを軸にまとめる。
主なできごと
・1913年 岩波茂雄が古書店を開く(8月5日)
・1914年 夏目漱石『こゝろ』を刊行(9月20日)
・1921年 雑誌『思想』を創刊
・1927年 岩波文庫を創刊(7月)
・1938年 岩波新書を創刊(11月20日)
・1946年 雑誌『世界』を創刊(1月)。岩波茂雄が没する
・1949年 株式会社に改組(4月25日)
・1955年 『広辞苑』初版
・2017年 一ツ橋別館ビルを小学館に売却
・2021年 坂本政謙が社長に就く
・2025年 第76期(2024年度)の最終損益が5億5100万円の赤字。12月、『宮﨑駿イメージボード全集』の刊行を始める
・2026年 第77期の当期純利益が10億円超。10月、岩波文庫創刊100年の記念事業を発表
古書店から出版社へ
創業者の岩波茂雄は1881年に長野県の諏訪の生まれで、第一高等学校を離れたのち、東京帝国大学の哲学科に選科生として学んだ。その人物が1913年に開いたのが神田の古書店である。ほかの古書店と違い、値札をつけて定価で売る方式をとった。
出版の最初の大きな仕事が、漱石の『こゝろ』である。漱石は1914年4月から8月まで『朝日新聞』にこの作品を連載し、同年9月に岩波書店から単行本として出した。形式は漱石自身が費用を持つ自費出版で、装丁も漱石が手がけた。初版の定価は1円50銭である。岩波書店にとっては、出版社として本格的に出した最初の小説とされる。漱石の没後には『夏目漱石全集』も岩波書店から出た。
文庫・新書・雑誌
岩波文庫は1927年7月10日に始まった。ドイツのレクラム文庫を手本に、古典や学術書を安く手に取れるようにする企画で、最初の22点には『こゝろ』やトルストイ『戦争と平和』の第1冊が含まれていた。岩波書店の文庫は、会社の出発点である漱石の作品を最初から並べていたことになる。
1938年11月20日には岩波新書が出た。古典を並べる文庫に対し、書き下ろしの一般向けの教養書を安く出す叢書で、新書という形の始まりとされる。判型はイギリスのペリカン・ブックスを参考にし、創刊の辞は「現代人の現代的教養」を掲げた。編集部では吉野源三郎が創刊作業を担った。表紙の赤は岩波茂雄の指示だったという。
『世界』は敗戦の翌年、1946年1月に創刊された。創刊時は自由主義の文化雑誌で、安倍能成、和辻哲郎、田中耕太郎らが書いた。岩波茂雄はこの年の4月に亡くなり、初代編集長の吉野源三郎のもとで、誌面は次第に政治色を強めていった。
戦時下の岩波茂雄
茂雄は日中戦争での軍の行動を批判していた。1940年には、歴史学者の津田左右吉の著作をめぐって出版法違反で起訴された。のちの1944年に免訴となっている。岩波文庫は1938年に社会科学系の約28点を自主的に絶版・回収した経緯もある。戦時下の統制のなかで、出版社が何を出し、何を引っ込めたかを示す例である。
いまの位置
近年の経営は揺れている。文化通信の報道によれば、第76期(2024年4月〜2025年3月)の最終損益は5億5100万円の赤字で、前期は2億5000万円の黒字だった。一方、官報の決算公告を転載したブログによれば、第77期(2026年3月期)の当期純利益は10億303万円である。後者は決算公告の数字で、売上高や黒字に転じた理由までは、確認できた範囲では分からない。
新しい動きとしては、2025年12月に始まった『宮﨑駿イメージボード全集』がある。スタジオジブリが責任編集をつとめ、発売直後に重版が決まったと報じられた。伝統的な人文書の出版社が、画集に近い大判の企画で書店の反応を得た例である。
2026年10月22日には、岩波書店が岩波文庫の創刊100年記念事業をプレスリリースで発表した。創刊日の1927年7月10日から数えて、100周年は2027年7月10日にあたる。2027年1月には、漱石『心』の自筆原稿を上下巻で同時に刊行する予定という。同月にはプラトン『ソクラテスの弁明・クリトン』とカント『実践理性批判』の全面新訳も出る。どちらも創刊時の書目にあった作品である。読者のリクエストをもとにした復刊(応募4,500件)や、1950年代の愛読者組織を再結成する有料の「岩波文庫の会」も予定されている。創業の年に出した作家の原稿を、創刊100年の節目に文庫で出す。会社の歩みが一周した形になる。
評価の分かれる点
『世界』の政治的な立場については意見が分かれる。ウィキペディアは、戦後の進歩的知識人の拠点となった雑誌として扱い、朝鮮半島の報道をめぐる批判も載せている。一方で、学生など若い読者に支持されたこと、新聞の書評欄に最も多く取り上げられた雑誌であることも同じ記事に書かれている。影響力の大きさと偏りへの批判は、どちらも記録に残る。どちらの評価が妥当かは、この記事では断定しない。
くらさんの考察
岩波書店の特徴は、文庫と新書という二つの形を、自社で最初に手がけた点にあると考えられる。古典を安くする文庫と、書き下ろしの教養書を安くする新書は、どちらも「高い本を買えない人にも読ませる」という発想で貫かれている。古書店として本を売った経験が、その発想の土台にあったのではないかと考えられる。ただし、創業者がそう意図したという直接の資料は、今回は確かめていない。
また、赤字と黒字の振れ幅が大きいのは、硬い本を主力とする会社が、売れ行きの読めない大型企画や新企画に頼る部分が大きいことの表れとも考えられる。この点は決算の内訳を見ていないため、推測にとどまる。
ジージへの問いかけ
・漱石が自費で出した『こゝろ』を、岩波茂雄はどんな気持ちで受け取ったと思いますか。
・岩波文庫の「安く古典を」という考えは、いまの電子書籍や読み放題の時代にも通用すると思いますか。
・『世界』のように立場がはっきりした雑誌は、読者にとって必要でしょうか。
出典
・ウィキペディア「岩波書店」 https://ja.wikipedia.org/wiki/岩波書店
・ウィキペディア「岩波茂雄」 https://ja.wikipedia.org/wiki/岩波茂雄
・ウィキペディア「岩波文庫」 https://ja.wikipedia.org/wiki/岩波文庫
・ウィキペディア「岩波新書」 https://ja.wikipedia.org/wiki/岩波新書
・ウィキペディア「世界 (雑誌)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/世界_(雑誌)
・ウィキペディア「こゝろ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/こゝろ
・文化通信「【決算】岩波書店 76期最終赤字5.5億円に」 https://www.bunkanews.jp/article/427319/
・文化通信「岩波書店 『宮﨑駿イメージボード全集』刊行開始」 https://www.bunkanews.jp/article/407845/
・官報ブログ「岩波書店 決算公告(第77期)」 https://kanpo-kanpo.blog.jp/archives/46391160.html
・岩波書店プレスリリース(PR TIMES配信の転載)「岩波文庫創刊100年記念事業」 https://koubo.jp/press-release/prtimes/c53841_r17
動画
・新書大賞って?岩波文庫100周年(本とかの店 Books and so on)https://www.youtube.com/watch?v=5ql4g4iRbGs
関連動画
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